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名古屋地方裁判所 昭和57年(ワ)2818号 判決 1984年11月16日

名古屋市<以下省略>

原告

(A承継人)X

右訴訟代理人弁護士

浅井正

小島隆治

札幌市<以下省略>

被告

エコー貿易株式会社破産管財人Y

主文

一  原告の破産者エコー貿易株式会社に対する破産債権が金七五七万七二五七円であることを確定する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(申立)

第一原告

主文と同旨

第二被告

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

(主張)

第一請求原因

一  訴外エコー貿易株式会社(以下会社という。)は商品先物取引を営む会社である。

二  原告の養父、被承継人A(以下Aという。)の妻訴外B(以下Bという。)は、Aに無断でA名義を用い会社に対し左記のように先物取引を依頼しA所有の金員を預託した。

1 昭和五七年一月八日 一〇〇万円

2 同年一月 二〇〇万円

3 同年一月二一日 三〇〇万円

4 同年二月九日 一五七万七二五七円

三  右金員の預託は、昭和五七年一月上旬頃会社のセールスマン訴外C、同Dが耳が遠く、ほぼ失明状態で外出も不自由な老齢のA方を訪れ、Bに対し「外国の国債を買いませんか。必ずもうかります。今、外国では戦争をしていて日本のお金を集めています。三ヵ月で一割七分の利息がつきます。今がチャンスです。」等言葉巧みに申向けたので、預金と年金のほか格別の収入もなく、くらしの先行に不安を感じていたBが右言辞を信じてなした無権代理行為であるからAに対して無効である。

四  仮に右金員預託につきBがAの代理権を有していたとしても、公序良俗に反し無効である。すなわち、

1 右預託は会社の前記セールスマンの言によれば乙第一号証(承諾書)記載の「外国商品取引所における上場商品の売買取引」(以下本件取引という。)の委託のための保証金の預託である。本件取引はその内容からみると、現在被害者が続出し社会問題となっている海外商品市場における先物取引そのものである。先物取引は一般に投機性が高いうえに海外商品取引となると為替の変動によりその度合いはより高く、また情報が不足し、委託者に損害が発生する危険性が強い。

2 商品取引業者は先物取引を勧誘しようとするときは商品取引所法九一条の二第三項に基づき作成された「商品取引委託のしおり」を委託者へ交付してその内容を説明する義務がある。右は国内商品取引における定めであるが、より投機性の高い本件取引においてはその義務はより強いものというべきところ、会社の前記セールスマンらはBに対し、右義務をまったく尽さなかった。

3 本件取引のように投機性の高い取引は、その失敗による損害は大きいものであるから、その趣旨、制度、取引の実情を充分承知したうえで参加すべきものであるから、これを勧誘する業者は、その顧客を無差別に選び、不適格者を対象とし、執ように勧誘したり投機的要素の少ない取引であると錯覚するような勧誘をする等の方法は禁じられるべきであるところ、会社の前記セールスマンは、Aを勧誘するにあたり、先ず無差別に電話をかけ、同人が前記のように老齢、身体障害のある年金生活者であることを知りながら、数度の電話、訪問による執ような勧誘をし、かつ、前記のように投機性がなく安全確実な取引であるかのような言辞を弄し、右各禁止事項に反する行為をした。

4 仮に右主張が容れられないとするも、会社のセールスマンらのAに対する本件取引勧誘は前記のように違法性があり、これによりAは預託金を騙取されたところ、会社は現在弁済不能となり預託金相当の損害をこうむったので、会社はAに対し民法七一五条に基づき右損害を賠償する義務がある。

五  Aは昭和五七年一一月三〇日死亡し原告が唯一の相続人となり、Aの会社に対する前記預託金相当の不当利得返還請求権ないし損害賠償請求権を取得した。

六  会社は昭和五八年一〇月六日札幌地方裁判所において破産宣告(同庁昭和五八年(フ)第二八四号)され、被告が破産管財人に選任され、原告は右預託金返還請求権について破産債権の届出をなしたところ、被告は同裁判所の昭和五八年一二月五日債権調査期日において全額につき異議を述べた。

七  よって原告は、原告の破産会社に対する破産債権が七五七万二五七円であることの確定を求める。

なお、被告の後記主張はすべて争う。

第二請求原因に対する答弁及び主張

一  請求原因一は認める。

二  同二のうち、会社が1ないし4の各金員の預託を受けた事実は認め、その余は争う。会社はA及びBの両名から香港砂糖の売買の委託を受け、その委託保証金として受領したものである。

三  同三の事実のうち、昭和五七年一月上旬頃会社のセールスマンC、同DがA夫婦方を訪れた事実は認め、その余は争う。

四  同四はすべて争う。

五  同五はすべて争う。

六  同六は知らない。

七  同七は認める。

八  原告主張の預託は会社とA及びBとの商品取引委託契約に基づくものである。すなわち、

1 会社は香港商品交易有限公司(以下香港商品取引所という。)の附属会員であって、顧客から委託手数料を得て香港商品取引所で売買する穀物、砂糖の売買の委託を受け、同取引所の正会員を通じて同商品の売付または買付をしている会社である。

2 会社は昭和五七年一月八日から同年四月一五日までの間に、A及びBから別表第一、第二記載のとおり香港砂糖の売買の委託を受け、香港商品取引所の正会員を通じて同取引所において売付または買付をした。右売買は、限月内に転売買をするか若しくは限月において現物の受渡しをする意思をもって委託者の計算でするものである。

3 この売買の結果、委託手数料を控除した各取引の差引損益及び差引残高勘定は別表第三、第四各記載のとおりである。

4 この別表第四記載のB名義の差引損金合計金二一三万〇一六五円について、会社は昭和五七年六月二日、B名義の取引のために預託されていた委託保証金三〇〇万円と対当額で相殺し、同日その差額八六万九八三五円をA及びBに返還して精算済となった。

また別表第三記載のA名義の差引損金合計金二〇〇万六〇五三円について、昭和五八年一月二八日、A名義の取引のために預託されていた委託保証金四〇〇万円と対当額で相殺し、残金は一九九万三九四七円となった。

(証拠)

本件記録中、証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第二、第一九号証、証人Bの証言によりBがその夫Aに代理して署名押印したと認める乙第一号証、第三号証その成立を認める乙第一八号、第二〇号証、証人Eの証言により成立を認める乙第一五号証の一ないし四、右Bの証言(後記措信しない部分を除く。)並びに証人Cの証言を総合すると、BはセールスマンCらを通じ会社にA名義で香港砂糖の先物取引を委託し委託証拠金として金一〇〇万円を預託し、同年一月一二日金二〇〇万円、同年一月二一日金三〇〇万円、同年二月九日金一五七万七二五七円(但しA所有の株式を右セールスマンが処分して得た金員)を右同様いずれもA名義で預託した事実が認められ、右B証言中認定に反する部分は措信できない。

原告は、Bの右行為を無権代理人の行為として無効と主張するが、右各証拠に弁論の全趣旨を総合すると、Aは当時老齢で、数年前の交通事故の後遺症として精神障害、歩行障害があるうえ強度の弱視、難聴があるもので、その妻であるBが生活上一切の面倒をみており、Aの財産の管理、処分はすべてBが代行していたものと認められ、前記各金員の預託はBがAの資産を運用し夫婦の生活の資を得ようとしたものと考えられるから、Bにはその代理権があったとするのが相当である。

したがって、Bの無権代理を前提とする主張は採用できない。

二  そこで原告の公序良俗違反の主張について検討する。

成立に争いのない乙第三四号証、前記乙第一、第三、第一八、第二〇号証、前記C証言により会社のパンフレットと認める乙第三一号証の一ないし三、前記C、E、Bの各証言総合すると次の各事実を認定できる。

1  Aの代理人Bと会社との間の香港砂糖の先物取引(乙第一号証、第三号証記載のもの。)なるものは、会社が一般投機家から砂糖の先物売買の委託を受け日本における取次会社を経て香港商品取引所の正会員である現地法人に売買の委託を行なうものであるが、本来この取引は投機性が高く多額の出捐をすることは危険がともなうものであり、また外国における取引であるから正確な情報の収集の困難、為替相場の変動等の要因が加ってその度合は一層強いものといえるところ、更に決済の都度手数料(委託保証金の一割)を支払うべきものとされているから、一般人がこの取引を行なうことは極めて危険である。また、会社もこの取引にこれといった特別な情報を持たず、営業費用は受託手数料からまかなう方針であり委託保証金を流用している状況であって、受託者に対する債務の履行はいずれ行詰ることは必至の状態であった。

2  会社は右実情を無視し、電話帳によって無差別に電話をし、投資に関心があると思われる者があると訪問し勧誘する方法をとっている。本件もこの方法によるもので、前記セールスマンのCらはA夫婦方を訪れ、前記のようなAや六八才で小学校だけの学歴のBに対し、「香港砂糖は今が底値でいずれ高騰する。今一〇〇万円投資すれば三ヵ月で一七万円必ずもうかる。」等と力説し、前記パンフレット(乙第三一ないし第三三号証、利益を生じた時のみが強調記載されている。)を見せ、Bらに対し本件取引が特に有利で安全確実であると信じさせることに専念し、前項で述べたような取引の内容、会社の実態については殆ど説明しなかった。BはCらの用意した乙第一号証(承諾書)、乙第三号証(注文書)等にA名義の署名押印をしたが、その内容は殆んど理解しておらず、この点はCらにおいても承知していた。

3  A方はBとの二人暮しで市営アパートに住み、Aの障害福祉年金、Bの国民年金、親族からの援助で生活しているもので、本件預託金もAが交通事故に遭遇して得た賠償金を預貯金等していたものから出捐したもので他にこれといった財産はない状態であり、この点もCらが察知していたことである。

以上の認定事実によれば、会社とAとの間の本件香港砂糖先物取引の委託、その委託保証金の預託の各行為は、当初から経営基盤が薄弱で信用のない会社が、高度の投機性、損害発生の危険性がある取引を、Aが社会的弱者でありその取引によって生活全般を脅かすようになることを知りながら、その無知に乗じて締結せしめたものであるから、その効果を維持させることは公序良俗に反し無効というほかはない。

三  以上によれば、Aは会社に対し前認定の預託金合計金七五七万七二五七円の返還請求権を有していたところ、前記B証言及び弁論の全趣旨によれば、Aは昭和五七年一一月三〇日死亡し、原告が唯一の相続人になったものと認められ、会社に対する右請求権を相続した。

四  しかるところ、請求原因七は当事者間に争いがない。

五  そうとすれば本訴請求は正当として認容すべきであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅野達男)

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